白くて丸くて(月神の愛でる花)

 サークィン皇国王都イルレーゼでも人気の菓子販売店、トーダの店。

「お? お? ……おおおおぉ!」
 
 菓子を並べた陳列箱のガラス面にぺたりと額をくっつけるようにしてへばりつく佐保を見るミオの目は、どこか生温い。護衛として付き添って店内まで入って来た副団長マクスウェルは声こそ出していないが、「ぶふ……っ」と吹き出した後は口を手のひらで押さえて、腹を抱えて笑いを堪えている。
 両者の反応は、どちらかと言えば大人しく控え目で、あまり突飛な行動に出ることのない佐保が、目を大きく見開き硬直したと思ったら、大きな歓声――申し訳ないがミオには奇声に聞こえてならなかった――を上げ、陳列台に突進するという、これまで見せたことのない姿を見せたからだ。そして、その奇行――くどいようだが日頃突飛な行動をせずゆったりとしている佐保なのでミオにはそう見えてしまうのだ――は今も継続中だ。

 例えるなら幼子が初めてみた玩具や菓子や動物に夢中になるように。
 何度「帰るよ!」と言われてもしがみつき、離れようとしない小さな子供のように。

 ガラスの向こうに立つ既婚のふくよかな女性店員の慈愛の籠った眼差しは、ミオが思ったのと同じことを思ているのだと伝えていた。
 彼女にとって佐保は偶にやって来るお得意さんであり、店の主トーダと彼の伴侶アンリスのように佐保の正体が皇妃だと知っているわけではない。だからこそ、小柄で童顔の佐保を成人前の良家の子息だと思っている節があり、時々おまけと称して菓子袋を押し付けるのもそれが理由だろう。ミオが遣いで来た時にはなく、佐保が直接店に来た時だけだから、間違いない。

 店員の横に立つ青年アンリスは、予想以上の反応に戸惑いを隠せない様子で、目を驚きに丸くしたまま笑みを貼りつけているという形容し難い表情だ。

「日下君は絶対に驚いて喜ぶはずだ」

 出来上がった菓子を前にした時の楽し気に目を細めた伴侶の表情を思い出し、「確かにナオの言った通りだ」と驚きつつも心の中で大きく頷く。

 サークィン皇妃を「クサカ君」と呼ぶのは、佐保と同じ稀人のトダ・ナオトだけだ。それにちょっと特別性を感じて軽く嫉妬を覚えなかったと言えば嘘になる。だが、今の皇国内には判明しているだけで二人しかいない稀人で、しかも同郷とあっては特別な繋がりがあるのは事実なのと、あくまでも同郷の友人という枠以外に他意がないのはわかっているので、最近では兄弟のような気持ちで眺めることが出来るようになっている。
 そもそもが佐保には、佐保を溺愛するサークィン皇帝という世界で五指に入る男がいるのだ。それがわかっていて懸想する人は早々いまい……と、佐保に懸想する男が実際にいることを知らないアンリスは思っている。

 そんな周りはともかく。

「サホ様」
 
 ミオの小さな咳払いと共に肩越しにそっと声を掛けられ、佐保はハッとした。慌ててガラスに貼りつけていた顔と手を離し、腰を伸ばして、にっこりと口角を上げ愛想笑いで己の行動を誤魔化しながら、陳列台の中を指さして説明した。

「あれなんですけど」

 佐保が指さしたのは、白い菓子だった。手のひらに乗る程度だから大きいものではなく、他の菓子と大して変わらない。ただ、他のものには飾りがついていたり見た目の配色にも工夫されているのに対し、それは白と緑と橙しかなかった。
 表面はつるんとして丸みを持つ平べったさで、大小のそれを二つ重ねた上に橙の飾りが緑の葉を模した模様の上にちょこんと乗っている。
 佐保にとっては見慣れた正月の風物、鏡餅である。

「僕の住んでいた国で、新年に家に飾るものなんです」
「飾りですか? 菓子を?」
「はい……って言っても、お菓子じゃなくてお餅という日持ちのする食べものなんですけど。穀類なのかな。それで本物はもっと大きくて、僕の頭くらいとか、それより少し小さいくらいが多いのかな」

 最近では目の前の菓子よりも少し大きいくらいの小さめのもあったり、逆にとんでもなく大きいものがあったりするが、佐保の中では頭より少し大きめが普通だった。

「飾る意味合いは神様の依り代だとかお供えだとかだったかと」

 祖父はそういうことに詳しかったが、佐保たち子供たちにとっては正月には鏡餅を供え、十日過ぎたらぜんざいや雑煮にして食べるということの方が印象強いものだ。もう少し文化に造詣が深ければいろいろ蘊蓄を語ることが出来ただろうと、もう少し学んでおけばよかったとこの世界に来て思うことは多い。まあ、それもないものねだりでしかないのだから、わかる範囲で説明するしかない。

「逆に僕も聞きたいんですけど、こういう稀人の風習は記録に残されていたりしないんですか?」
「どうでしょう。もしかすると残されているものもあるかもしれませんが、稀人が暮らしていた家や地方で引き継がれているくらいのような気がします」

 そういう場合の方が多いのだろうと佐保も思う。稀人は稀少性はあるが神聖視される存在ではない。他国はどうか知らないが、少なくともサークィン皇国では申請すれば生活の援助はされるだろうが、しないでひっそりと暮らした人も多かったはずだ。佐保自身も、メッチェ夫妻と出会わなければナバル村から出ることなく一章を終えた可能性は高い。佐保もレグレシティスも、たとえ時間が掛かっても絶対に出会ったはずだという意見は一致しているのではあるのだが。

 人気のトーダの店はいつも混雑している。店内で雑談するのも邪魔になるだろうからと、アンリスの案内で奥にある休憩部屋へと佐保たちは案内された。先ほどの鏡餅風菓子も一緒だ。
 少しするとアンリスがトーダを連れて部屋の中へ戻って来た。仕事用の白い上衣を脱いで座るトーダは、にこにこしている佐保を見て、深く笑みを浮かべた。

「気に入って貰えたか」
「はい!」

 同郷の誼のため、公的な場以外では佐保に対しても普通の口調で話し掛ける。佐保の方が相手が年上だとわかっているので丁寧口調だが、大抵の人にはこの話方なので、砕けろと言われた方が難しい。

「これ、何で出来ているんですか? お餅みたいですけど、そうじゃないですよね?」
「ああ。餅を作るほどの糯米は手に入らなかったから、白玉粉で代用した」
「白玉粉……ってお団子を作る時の?」
「そうだ。よく知ってるなあ。若い子は知らないと思っていた」
「うちはよく団子を作っていたから。僕もよく手伝っていたし」

 ぜんざいに入れるのは基本として、黄な粉をまぶしたり、黒蜜をかけたりしておやつとして食べていたものだ。佐保が住んでいた農村部の小さな町では割と普通に白玉粉は出回っていたものだ。

「出入りの卸店で粉になっているのを見つけて、糯米がなくてもこれなら求肥を作って丸めればそれらしくなると思ったんだ。求肥は?」
「知ってます、ぎゅうひ。和菓子とかアイスに使われているから、名前は知らなくても食べたことがある人は多いはずですよ」

 中に冷菓をつめこんだ雪見をしながら食べる大福は、どこの売り場にも必ずある定番と言ってもよい。
 佐保はそこで「ああ!」と胸の前で手を合わせた。

「それで見覚えがあったんだ……。形はお餅だけど見たことあるなあって。中身は?」
「さすがに冷菓の保存が難し過ぎてアイスクリームは詰め込めなかった」

 トーダは笑いながらフォークを手に取ると、皿の上の鏡餅風菓子を半分に割った。一つ、それから二つ並べ、中を佐保たちに見えるように示す。

「こちらが和風の漉し餡。こちらがクリームチーズだ。クリームチーズの方は常温だとすぐに食べた方がいいが、漉し餡の方は日持ちはする」

 橙色のミカンは小さめの星果実をそれっぽく色付けしたもので、葉っぱは同じ求肥を他の食材でそれっぽく染めたものだった。

「よく出来てますね」
「凝り出したら止まらなくなりそうだった」
「?」
「皇妃様、ナオはこの丸いお菓子だけじゃなくて、他にも飾りがたくさんついたのを作ろうとしていたんですよ。縄をたくさん買って来ていろいろ捻ったり、木材屋に行って切り株見ていたり」
「しめ縄と門松な」
「な、なるほど……」

 たぶん普通に本物っぽく作る分にはそこまで難しくもなく、材料さえ手に入れば労苦なく作れるとは思う。おそらくトーダは実物を見ながら菓子を作りたかったのではないかと佐保は思った。ただ、その過程でアンリスの制止が入ったか、本人が挫折したかだろう。背後で「縄? 扱い方なら詳しいぞ」などという不穏な声が聞こえたが華麗に無視だ。

「せっかくだから城に持って行こうかとは考えたんだが、アンが、雪も止んだしそろそろ買いに来るだろうと言って」
「私が言った通りだったでしょ」
「当たりましたね、アンリスさん」

 皇妃殿下を足を運ぶのを待つのはどうなんだとトーダは首を傾げているが、近いうちの来店が予想されるなら雪の中届けて貰うよりは佐保も気が楽だ。他の王室などでは認められないのかもしれないが、少なくとも佐保は急ぎでなければそれでいいと思う。トーダの店の菓子は城に献上するためだけに作られるのではなく、人々がおいしい物を食べて楽しめるためのものなので、佐保たちもそこに含まれているに過ぎない。

「新しいのが出来たらいつでも試食に呼んでください。駆けつけます」

 これは佐保の本心だった。
 店で食べていくかと尋ねられたが断わって、土産に鏡餅風菓子を幾つかと他の菓子も買い込んで佐保たちは城へ戻った。昨日今日と寒くはあるものの晴れ間が見えているため外出は出来たが、明日、早ければ今夜にでもまた雪が吹雪くようになる。日持ちのするものは、外出出来ない間の退屈を紛らわしたい人々の口を慰めてくれるだろう。

 途中で護衛の詰所によって菓子箱を渡し、本宮へ戻ったミオはキクロスに帰宅の報せついでに使用人の休憩室へ菓子を届けに行った。
 一人部屋に戻った佐保は、大事に抱えて来た菓子箱から鏡餅風菓子をそっと取り出し、常温保存が出来る中身漉し餡の方を皿に乗せ、卓の上に置いた。

「本当に良く出来てるなあ。本物みたい」

 留守番をしていた仔獣二匹を抱え、角度を変えつつ眺めて楽しむ。
 これはなあに? というように二匹が首を傾げるので、お飾りだよと説明するが、どこまでわかっているかは不明だ。二匹は白い餅部分よりも、葉っぱ色をした飾りが気になってようだ。草食幻獣らしい。

「佐保様、陛下がお戻りになられました」
「えっ、もう? 早いですね」

 ミオに扉の外から声を掛けられ、佐保は二匹をその場に残し、出迎えるために廊下に出た。すぐに騎士団長や護衛を連れたレグレシティスの姿が目に入り、佐保は笑みを浮かべた。

「レグレシティス様、お帰りなさい」
「ただいま、佐保」

 お帰りのキスを頬に受け、レグレシティスから上着を受け取りながら共に部屋に戻る。

「今日は早かったですね。まだ夕方前なのに」
「重要な案件の決裁が多くなかったからな。何かあれば吹雪だろうが深夜だろうが呼ばれるのだから、早めに帰れと言われた」
「宰相様に?」
「宰相に」

 レグレシティスは笑いながら寝室で部屋着に着替えるのを手伝っていた佐保の手を引き寄せ、軽く唇を合わせた。

「……レグレシティス様の唇、ちょっと冷たい」
「風が強くなって来たからそのせいだろう。お前はもう温かくなっていた。出掛けていたのだろう? 戻ったばかりと聞いたが」
「はい。レグレシティス様が帰って来るよりほんの少しだけ先に」

 話す二人の言葉は触れ合うほどに近づいた唇の間にある。
 ここで「お前の唇で温めてくれ」と言える皇帝、もしくは「僕が温めてあげる」と言える皇妃ならよいのだろうが、いつまでも経っても初々しさが抜けないと周囲が認める二人なので、そこまで色のある展開にならないのはお約束だ。
 辛うじて佐保が、

「まだ冷えてるでしょう? 夕食までまだ時間あるし、温かいお茶を飲んで温まってください。トーダさんのお店で買ったお菓子も見て貰いたいし」

 と、そこまで佐保が言ってレグレシティスの腕を引いた時である。

「あああああっ!! なんてことを……!」

 ミオの大きな悲鳴が聞こえ、レグレシティスが佐保を庇いように前に立って隣室に駆け込む。同時に廊下側からも扉が開き、まだ近くにいた護衛騎士と団長が駆け込んで来た。廊下をパタパタと走る音が聞こえるから、他の侍従や騎士もすぐに駆けつけて来るだろう。

「ミオさん? 一体何が……?」

 安全が確保されるまではと、レグレシティスの体によって未だ寝室から出られない佐保は、レグレシティスの体の横から顔だけ覗かせて、部屋の真ん中で悲壮な顔をしているミオへ尋ねた。
 レグレシティスや騎士たちは警戒しているが、佐保はそこまで警戒するような悲鳴には感じられなかったからで、実際、その予感は正しかった。

「佐保様っ!」

 ミオは卓の上を真っすぐ指さした。正確には、佐保が置きっぱなしにしていた鏡餅風菓子を。
 佐保は中腰だった背を伸ばし、視線でそこを見て、「あっ!」と声を上げた。

「グラス! リンデン!」

 その時にはレグレシティスも団長たちも状況の把握は出来ていた。現状をしっかりと目撃し、それから「ぷっ」と噴き出したのはどの騎士だろう。それとも扉の前に集まって来た侍従だろうか。
 佐保は立ち止ったまま笑いを噛み殺しているレグレシティスの体を押し退けるようにして寝室から出て来ると、大股で卓に近づき、呆れたように二匹を見下ろした。

「お前たち、どうしてそんなことになってるの……。もう、これ、取れなかったらどうするんだろう……」

 卓の上には既に鏡餅風菓子はなかった。いや、あるにはあるのだが原型をとどめていなかったというのが正しい。
 そこにあったのは、白い求肥に絡め取られたラジャクーンが二匹。毛並みのよいはずの体の至るところにくっついている求肥により、ベタベタと身動きできなくなっている。毛に絡み着いたそれを取ろうと二匹は奮戦しているのだが、余計にベタベタがくっついてしまい、おまけに中の漉し餡も加味されて、「幻獣の漉し餡と餅の和え物」が出来上がってしまっている。
 誰かが吹き出すのも当たり前の情けなさだ。ミオが悲鳴を上げるわけである。

「もう……どうしよう、本当に……」

 手に残骸がつくのも構わず佐保は二匹を両手で掬い上げた。

「これまた見事に塗れてしまったな。元は菓子だったのだろう?」
「そうです。レグレシティス様に見せようと飾っていたんですけど……。二匹を置いたままにしていた僕が悪いと言えばそうなんだけど、ちょっと予想外というかなんというか……」

 もうホントに……と溜め息を零せば、悪いことをしたつもりはないものの、おかあさんの佐保に呆れられるのは嫌なのか、グラスもリンデンもしょんぼりと項垂れている。

「後でしっかりとお小言だからね」

 代わりに洗うというミオや木乃の申し出を断って、佐保は二匹を連れて湯殿に用意された盥の中に二匹を入れ、しっかりと汚れが落ちるまで洗った。その間にいい時分になったからと、レグレシティスも一緒に入浴まで済ませたのだが、久しぶりに「おとうさん」と一緒に入浴出来て大はしゃぎの二匹は、洗われ中に叱られたことは抜けきっているに違いない。

「疲れた……」

 二匹を乾かして、夕食を済ませ、二匹を木乃が寝かしつけるため連れて行ってから佐保は、椅子に寛ぐレグレシティスに座り体を寄せた。
 夕食の間から降り始めた雪のせいで外は相当に冷え込んでいるはずだが、部屋の中は暖炉も併せて炊かれているため寒くはない。大好きな人と寄り添っているせいもあるだろう。
 佐保とレグレシティスから離れたところには、別に保管していた鏡餅風菓子が置かれている。明日の朝には透明のガラスの容器に入れて、二匹の手の届かない場所に飾られ、明日のレグレシティスの帰宅時に一緒に食べる予定だ。

「餡子が入ってるからレグレシティス様にはちょっと甘いかも。クリームチーズの方は平気だと思うから、そっちの方がいいかも」
「どちらでも。お前が食べさせてくれるのだろう?」
「そっちの方がいいなら、それでもいいですよ?」

 にぎにぎと繋いだ手指を絡めて甘えながら佐保は、故郷での風習について覚えている範囲でレグレシティスに語った。

 長いサークィン皇国の冬。
 新年の始まりも雪と共にある国で、静かに語り合いながら過ごすことが佐保の中でも当たり前になっていくのだろう。
at 2020-01-01-22:34 | SS 月神SS

赤金緑(月神の愛でる花)

「――ふふふ、これでよし、と」
 日当たりのよい居間の窓際の床にしゃがんでいた佐保の満足そうな声に、掃除道具を片付けて部屋に戻って来たばかりのミオが手にリネン類を抱えたまま首を傾げた。
「佐保様? 何をなさってい……あっ」
 佐保の背後から覗き込んだミオが小さく声を上げ、慌てて口を閉ざした。
 見下ろす先には、お気に入りの長靴の中から顔だけ出して眠っている二匹の仔獣――グラスとリンデンがいた。ふわふわの毛が内側に敷き詰められたいかにも暖かそうな長靴は、以前、佐保が贈答品で貰ったものの、結局足に合わずに履くことが出来なくなったものを革職人のタニヤが二匹用に改良してくれたものだ。二匹は冬になるとその中に潜って遊んだり、昼寝をしていることが多い。
 ガラスの向こうには雪が深く積もっているが、建物の中全体を暖気が巡っているのと、珍しく太陽が輝いているため、陽だまりの中はまるで春のような気持ちのよい温かさを覚える。
 少し離れたところでは青鳥シェリーが首を伸ばしたまま伏せており、久方ぶりの陽光を楽しんでいるようにも見えた。
 諸方面から届けられた贈り物を確認し、礼状を書き終えた佐保もまた、気持ちよさそうなグラスとリンデンに混じって日向ぼっこをしようと思ったのだが。
「グラスとリンデンを見てたらなんか急に思い出しちゃって。緑と金なんだなって」
 ミオはわからなそうにパチクリと瞬きしているが、これは仕方がない。
「僕のいたところでは、冬の時期になると大々的にする行事があって、それのイメージカラー……ええと、その行事に関連した色が赤とか緑とか白とか金色だったんです。そういうのを木に飾ったり、贈り物にしたり、飾り物の中で配色に取り入れたりですね。国や地方によって変わると思うから、絶対ってものじゃないんですけど。それで」
 佐保は日本でのクリスマス風景を語って聞かせた。佐保の住む町ではそこまで派手ではなかったが、都会は一斉に色をクリスマスカラーに変え、その時期は大いににぎわうこと。日頃は食べない料理に、誕生日以外でケーキを食べる唯一の日になる人も多かったことなど、とりとめもなく尋ねられるままに喋りながら、視線をふと外に向ける。
 外は冬で白い雪。窓辺には金色と緑色。それから、「これ」と佐保は贈り物を包んでいて、今は佐保によって長靴に結びつけられている赤い紐を摘み上げた。
「三色合わせて見ちゃったら、どうしても連想しちゃうんですよね」
 クリスマスカラー、と佐保は頭の中で呟いた。
 サンタクロースの赤、クリスマスツリーの緑、星のオーナメントや鈴は金色。他にもカラフルな飾りはあったが、佐保の中で印象が強いのはそのセットだった。
「それでちょっと飾ってみたくなって実行したら、思った以上に可愛らしく出来上がっちゃって」
 佐保はにっこりと笑った。
「なるほど。そうなのですね。佐保様の国の」
「元々は違った意味のはずです。僕もよくは知らないで、お祭りの気分だけ便乗していたようなものだから、全然詳しくないんだけど」
 もしかするとヨーロッパに長くいたことがある菓子職人のトーダ……戸田直人の方がその辺りは詳しいかもしれない。わざわざ確認しようとは思わないけれども。
 佐保は滑らかな手触りの仔獣の毛を指先で撫でた。
(起きたら赤いリボンを結んであげようかな。ちょっとだけおめかしするみたいに)
 そんなことを考えていた佐保は、同じようにミオが考え込んでいることにその時は気が付かなかった。

 気づいたのは翌日で、
「ミオさん、これ……」
 ふかふかの厚手の外套を着て、帽子に耳当てに手袋と完全防寒仕様で、登城するレグレシティスの見送りのため本宮の外に出た佐保は、目に飛び込んで来た景色に目を丸くした。
 雪かき済みのため転ぶことこそなかったが、ふらっと足を滑らせかけた佐保を支えるレグレシティスの顔にも苦笑が浮かんでいたことから、レグレシティス自身も知らなかったようだ。
「ご、ごめんなさい。ありがとう、レグレシティス様」
 礼を述べた佐保だが、すぐにまた庭の景色に見入ってしまう。
 寒い気候のせいか、落葉樹よりも針葉樹が多い皇国北部の礼に漏れず、奥宮の木も冬も濃い緑の葉をつけた針葉樹が多く植えられている。その、普段なら白い雪を被ってところどころに緑を出すだけの木が、今朝は一変していたのだから、驚くのも無理からぬというもの。
 白い雪をつけた木はいつの間にか装いを変えていた。幅広の黄色や赤の布がドレープを作って、襟巻きのように掛けられていた。一本ではなく、正面玄関を出て見える数本が皆同じようになっているのだ。中には星や鐘を垂らしたものもある。
「これって……」
 クリスマスツリー?
 目を丸くしたままの佐保の肩をレグレシティスが抱き寄せ、視線を横に向けるように促した。そこにいたのはミオで、とても晴れやかで満足げな表情で立っている。
「ミオさん……? まさか……」
 だが一人でこんなことが出来るはずもない。今朝もミオはいつものように佐保の支度を手伝ってくれたのだから。ちょっと指先が冷たく感じられたり、顔が上気しているなとは思ったが。
「実行者は別だな。佐保、向こうにいる」
 言われるまま少し背伸びして離れたところを見れば、気温零度以下の中、袖まくりして顔を赤くしている男たちが何人かいる。制服は着ていないが見慣れた顔が幾つもあるので、本宮周りの警護を担当している騎士や兵士なのはわかった。
 佐保に見られていることに気づいて笑顔になり、レグレシティスの顔を見て背筋を伸ばす彼らに、呆れたものやらなにやらで、だが温かいものが胸の内に沸いて来るのを感じて佐保は、両手で頬を抑えた。
「どうしようレグレシティス様、僕、嬉しくてたまらないです」
 ぽんぽんとレグレシティスの手が頭の上で跳ねる。
「ミオさん、ありがとう。あとで、皆さんに温かいものを」
「お任せください。既に用意済みです」
 有能な侍従は思い付きだけで行動する人ではなく、あとのことまできちんと考えてくれていた。

 夜にはいつもより少し豪華で、日頃は飲まないお酒も飲んだ。
 副団長に入れ知恵されたレグレシティスからは、佐保に何を贈り物にしたらよいか悩んでいると正直に打ち明けられ、「レグレシティス様がいるのが一番の贈り物です」と答えたが、後日、トーダの菓子店で日本風のクリスマスケーキが届けられた。

 佐保の中に、サークィン皇国でのクリスマスがもう一つの色になって焼き付いた。
 
at 2019-12-25-23:37 | SS 月神SS

甘酔い気分 2013.3.3発行ひなまつり企画ペーパーSS

甘酔い気分

「え?これお酒なんですか?」
「ああ。お前にとイオニス領主から送られて来た」
 まだ宵の早いうちに本宮へ帰って来た皇帝は、手土産を一つ持って来た。青いリボンが結ばれた細長の硝子瓶の中身は、ほんのりと薄い赤色――桜色の葡萄酒である。寒い冬を季節に持つサークィン皇国ならではの特産品、凍らせた葡萄から作られた貴重な酒だ。
「酒は苦手だと言っていただろう? だから体に障らない程度のものを厳選したと言っていた」
 そんな味なんだろうかと興味を示し、首を傾げた佐保に、皇帝は瓶を掲げて小さく笑った。
「飲んでみるか?」
 高校生だった佐保は酒に慣れていないことを自覚している。そのため、食事や宴席でも酒類を口にすることはほとんどない。飲み慣れていた方がいいかなと練習はしているが、あまり進んでいないのが現状だ。
 その佐保は、皇帝が手ずから酌んでくれた葡萄酒をそっと口に含み、
「あまい……」
 びっくりと目を見開き、隣に座って眺めていた皇帝の顔を見上げた。
「レグレシティス様、これすごく甘いです。それにお酒っていう感じが全然しなくて、僕でも飲めそう。とってもおいしい」
 酒というからにはそれなりに度数はあるのだろうが、柔らかで軽い飲み心地と舌触りは、酒というより元いた世界で飲んでいたジュースのようだ。
「それはよかった。そんなにうまいか?」
「はい。レグレシティス様も少し味見してみます?」
「お前が味見させてくれるのなら」
 皇帝の言葉に「はい」と返事をした佐保は、にこにこと半分ほど残っていた杯を皇帝の口元に差し出した。
 思い描いていたものと違う佐保の反応に苦笑する皇帝だが、佐保が気づくことはない。
 傍で見ていた侍従は思った。
(佐保様、そこは別の方法で味見をさせましょう)


2013.3.3発行ひなまつり企画ペーパーSS
at 2017-03-17-20:29 | SS 月神SS

雪見 2011.12.27

雪見

「ふう…やっと出来た」
 佐保の顔には何かを成し遂げたものだけが得ることの出来る達成感と満足感が溢れていた。白く冷たかった頬は、今は紅潮して熱を持っており、分厚い旗袍の下の冷え切っていたはずの体も、今はほこほこと湯気を出したくなるくらい暖かい
 外は一面の雪。どこもかしこも真っ白な雪に覆われている本宮の内庭にいるのは、今は佐保一人。
 暖かい部屋の中、窓の向こうからこちらを見ているミオに手を振って、少し前から取り掛かっていた作業の完成を知らせた佐保は、仕上げに、と持ってきた赤や青、黄色やオレンジの帽子を自分が作り上げた雪の像――といえば聞こえは よいが――雪だるまたちの上にちょこんと被せた。
 内庭といっても、そう離れた場所ではない。部屋の大窓から出た露台の階段を下りた軒先と言ってよいほど近い場所である。その露台に並ぶ両手の幅二つ分ほどの高さの小さな数体の雪だるまは、もちろん佐保の手製だ。
 丸い雪玉を二つ重ねた雪だるまに、木の実で目をつけ、枝で手足をつけ、簡単に繕っただけの端切れを襟巻にして、仕上げに小さな帽子を被せられた雪だるまは、不恰好だがなかなか愛嬌があるのではと思っている。
 こちらの世界でも冬になると雪像が街の中に立ち並ぶことがあるが、雪だるまのような簡単な形状のものは意外と見かけないもので、前々から作ろうと思っていたところ、たまたま朝のうちから雪が止み、少しの晴れ間を見せたのを幸いと庭に出てせっせと作業した甲斐があったというものだ。
 自己満足ではあるものの、久しぶりに外で体を動かした分、気持ちも気分もいい。ともすれば、屋内に籠りがちな長く寒いサークィン皇国北部の初めての冬。
 最初はミオや担当警備だった弥智も手伝ってくれていたのだが、まず外の寒さと雪の冷たさに、初めてサークィンの真冬を体験する南方サラエ出身の弥智が脱落、旗袍を着込んで手伝っていたミオは「出来上がったらあったかいお茶を飲みましょうね」という佐保の言葉を受けて、一足先に中に戻って所望の茶を淹れて待っている状態だ。
「佐保様」
 ガラス窓が小さく内側から開かれ、ミオが顔を出す。
「佐保様、また雪が降りそうですよ。そろそろ中にお戻りください」
「はい」
 最後の小さな雪だるまに黒い帽子を乗せた佐保は、薄暗くなってきた空を見ながら言うミオを見上げ、にこりと顔を綻ばせた。
 口を開くだけで凍えるほどの白い息が絶えず零れるこの季節、外に長時間いるのは慣れていてもなかなか辛いものがあるが、今の佐保にはその冷気さえも火照った熱を冷ますのにちょうどいい冷たさだ。とはいうものの、感覚的には氷点下を超えている気温の庭にこのままいては風邪をひいてしまうことは自明。
 佐保はパンパンと雪に塗れた手袋をはたいて、半分凍って張り付いていた雪を落とすと、階段に立って真っ白な庭の中ほどに向かって名を呼んだ。
 雪でしんと静まる庭によく通る佐保の声が響いた瞬間、平らで真っ白だった雪の中からひょっこりと顔を出した緑と金色。秋に佐保が譲り受けたラジャクーンの幼獣二匹である。
 まだ細くて小さなままの幼獣は、大好きな佐保の後をしょっちゅうついて回り、今日も庭に出る佐保と一緒に出てきた後は、最近天気が良い日には日課になっているお気に入りの雪掘りをして遊び回っていたため、ひょっこりと顔を出したその頭には真っ白い雪が綿帽子のように積もっている。
 きょとんとそろって同じ方向に首を傾げる二匹に思わず笑みが零れ落ち、佐保は腰をかがめて両手を前に差し出した。
「もうお部屋に入るよ。戻っておいで」
 やわらかい声が聴こえた瞬間、二匹は慌てて穴から這い出し、一目散に佐保に向かって駆けてきた。駆けると言っても小さな二つの前肢しか持たないラジャクーン、他の多くの動物のように四肢を使って走るのではなく、まさに這ってくるのだが、置いて行かれるのは嫌だと必死になる様子が伝わってくるだけに、佐保も、室内から様子を眺めているミオや木乃、護衛たちの表情も緩くなる。
 必死にたどり着いた幼獣が頭を摺り寄せるのを、雪を払いのけながら撫でてやり、そっと手のひらに乗せて目の高さに持ち上げた。
「たくさん遊んでたね。穴掘りは楽しかった?」
 緑と金の揺れる尾は、二匹がご機嫌な何よりの証拠だ。手袋をはめた手はあまり居心地がよくないのか、しきりと指先を口で咥えて引っ張って脱がせようとするが、分厚い革の手袋は小さな獣がいくら引っ張ったところで脱げるものではない。好きなように手袋にじゃれ付かせながら佐保は、暖かな室内へと体を滑り込ませた。




 旗袍を木乃に預けて椅子に座った佐保の前に出されたのは、少し甘い香りのする牛乳と生姜と茶葉を混ぜたチャイのような飲み物で、サークィンでは一般的に広く普及している子供や女性たちが好む飲み物だ。
「美味しい」
 ふうと少し熱めのそれを冷ましながら飲む佐保は、厚手の陶器の茶器を通して伝わってくる暖かさに、ふうわりと笑みを浮かべた。
「ミオさんが淹れてくれるこれ、本当においしいです」
「ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げるミオの表情は、やはりどこか誇らしげだ。皇妃付の筆頭侍従としての責務もあるが、それ以上に単純に佐保に喜んでもらえるのが嬉しいという気持ちが大きいせいだ。
 そんな和やかな午後の早いお茶の時刻を過ごしていた佐保は、近づいてくる数人分の足音と、開かれた扉に「あれ?」と首を傾げた。
「お帰りなさい、陛下」
 朝に王城へ出仕する姿を見送ったはずの皇帝レグレシティスは、ゆったりとした動作で佐保に歩み寄ると、頭頂に軽く口づけた。
 皇帝夫妻のこんな微笑ましい甘やかなやり取りは、すでに侍従や護衛には見慣れた普段の光景の一つになっている。
「もうお仕事終わりですか?」
 見上げる佐保へ、皇帝は肩を竦めて苦笑した。
「いや、少し時間が出来たからお前の顔を見に来ただけで、またすぐに執務に戻る」
 言いながら佐保の隣に腰を下ろしたレグレシティスの前に、新しい茶器が用意される。通常皇帝の世話をするのは侍従長の役目だが、佐保には木乃とミオの二人の侍従がついており、団欒の際には給仕の一切を彼らに任せることも多い。
「じゃあ、ほどほどのところで休憩を切り上げなくちゃ、宰相様に叱られてしまいますね」
 皇帝は黙って笑った。謁見予定だった相手が雪の都合で到着が遅れたために出来たほんの僅かな時間。その僅かの時間を皇妃の元で過ごすと告げた皇帝と、特に驚くことも否定することもなく当然のように首肯した宰相。皇帝夫妻の蜜月が続いているのはもはや周知のことだ。
 往復に掛る時間や手間よりも、暖かく迎えてくれる顔が何よりも皇帝にとっての癒しであり、活力の源になっている。
 短い間でも寛ぎ易いようにと榻に場所を移した二人は、ぴたりと並んで腰掛け、穏やかに談笑している。そのほとんどは、皇帝がいない間に何をして過ごしていたかという他愛のないものだが、そんな穏やかな時間は何よりも二人にとっては望ましいものでもある。
「――それで佐保、外に並んでいるあの愛らしいものたちはお前が作ったのか?」
「あ」
 皇帝の灰色の瞳と指さす先にあるものに気づき、佐保はほんのりと頬を赤らめた。
 内庭を臨めるように置かれた榻からも、露台の端に並んだ雪だるまがよく見える。思い立ってすぐに有り合わせの布で作った帽子や襟巻だが、神花の控えめな色に比べると、薄らと白く曇った硝子窓の此方側、室内からもすぐにわかるくらい、白一面の雪景色に華やかに映えている。
 だから確かに愛らしくはあり、自分ではなかなかよく出来たと満足してはいるのだが、やっていたことは芸術でもなんでもなく単なる雪遊びであり、子供っぽいことをしていた自覚はある。
「…雪が止んでたから…」
 恥ずかしそうに俯いた佐保の首元は、ほんのりと赤く染まっていた。
「あの、あんまりじっと見ないでくださいね?本当に、ぱっぱって作っただけだから」
「そうか?よく出来ているように見えるぞ」
 例え世辞だったとしても、上手だと言われて悪い気はしない。
「全部で七つ作ったんです。雪だるまだけだったらもっとたくさん作れるんですけど、帽子や襟巻が足りなくなっちゃってあれだけ」
「楽しかったか?」
「はい」
 佐保は元気に返事をしながら頷いた。
 確かに外は寒く冷たくはあったが、旗袍や手袋に耳当て付つきの帽子は冷気を完全に遮断してくれた。外気に晒されていた顔も、動いているうちにまったく寒さを感じなくなったのは本当だ。
「外で遊ぶのはいいが、無理はしないようにな」
「はい」
 風邪を引くから、怪我をするからと、皇帝が佐保の行動を制限することはほとんどない。伴侶へ十分に甘い皇帝だが、過保護すぎることはまるでなく、その大きな腕の中に守られていると感じるのは、こんな時だ。
 いつの間にか侍従たちは別室に下がり、部屋の中には二人だけ。長閑でゆったりとした二人だけの時を過ごしていた佐保とレグレシティスだが、
「――レグレシティスそろそろだぞ」
 軽く叩かれた扉と外から掛けられた聞き慣れた声に、皇帝は残念そうにため息をついた。
「迎えが来てしまったな。――入れ」
 少し間をあけて開かれた扉の外には騎士団副団長のマクスウェルが立っていた。
「こんにちは、副団長様」
 立ち上がり革の仮面で顔の半分を覆い、手袋を嵌めた皇帝の旗袍の襟を整えながら佐保は、皇帝の幼馴染へと笑いかけた。
「寛いでいるところ悪いんだが、そろそろ皇帝陛下を連れてくな」
「副団長様もお迎えご苦労様です。今日はずっと中ですか?」
「外だったり中だったり、いろいろだな。団長は中で書類と睨めっこだ」
 そのため、今日は団長直々につける稽古がなく、騎士たちの表情が明るいと冗談めかしてマクスウェルは笑う。
「ま、たまにはこんな日があっていい。な、レグレシティス。お前もそう思うだろう?」
 悪戯っぽく片目を瞑られて、レグレシティスは「そうだな」と深く頷いた。
 朝、出仕する時には夜が更けるまで佐保の顔を見ることが出来ないと思っていたが、予定にない佐保の顔を見に立ち寄ることが出来た。
 皇帝というもっとも重い職責を担っているレグレシティスは、朝に本宮を出た後は夜遅くまで帰ってくることはない。佐保と共に夜の食事をとるのもそう多くなく、だから少しでも予定に空きがあれば本宮へ顔を出すようにもしている。佐保のためというよりは、レグレシティス自身がそうしたいからだ。
 軽く佐保と唇を合わせた皇帝は、ふと硝子窓の向こうを見て、灰色の瞳を細めた。
「佐保、お願いがあるのだが――」
 皇帝の望みを聞いた佐保は、「えっ?」と目を丸くした後、それはもう顔中を笑顔にして大きく頷いた。
「すぐに用意しますね!」



 昼少しまでは晴れ間の見えていた空も、また冷え込んだ気温によって小雪が舞い始めている。皇帝が執務を行う部屋は、暖が効いているために薄着であっても寒さを感じることはないが、それでも外の寒さは感覚的に伝わってくるものでもある。降り積もる雪、白い窓と景色。サークィン皇国北部に位置する王都では、当たり前の風景でもある。
 しかし、黙々と筆記具を走らせる宰相も、書面を捲る皇帝も普段ならあまり気にすることのない窓の外に何回も目を向けていた。意図してのことでなく、無意識のうちに向けられたそこには、確かに普段とは違うものが置かれていた。
「失礼します」
 そこに入室して来たのは騎士団の黒い制服を纏った騎士団長リー・ロンで、
「陛下、署名をお願いします」
 皇帝の前に書状を差し出した彼は、ふと横を見て窓の外にある見慣れない物体に首を傾げた。彼の記憶では、午前にこの部屋を訪れた時にはなかったはずのものだ。
「陛下、あれは?」
 皇帝の護衛を主な任務とする騎士団団長として見逃すことが出来ず、窓辺に手を当て覗き込んだリー・ロンへ、皇帝は簡単に一言だけ説明した。
「雪だるま、というものらしい」
「雪だるま…ああ」
 それだけで団長には十分に通じた。
「妃殿下らしい」
 漏れた笑みの先、窓の外にちょこんと並ぶ、二体の雪だるま。一つは片方よりも少し小さく、少し大きめの一つの浅皿の中、一枚の襟巻らしき布を一緒に巻いて寄り添うようにして並んで立っている。
 最初は一つだけを持っていくつもりだった皇帝に、一人だけじゃ寂しいからと、佐保が二つを一緒に持たせてくれた。大事に皿を抱えて歩く皇帝の図に、副団長は含み笑いを隠しきれず自分が持つと申し出てくれたのだが、こればかりは自分で運んだ。
 執務机に座っていても自然に視界に入る場所に置いた雪の人形は、ほんのりと気持ちを暖かくさせてくれるものだ。
「いいですねえ、これ」
「欲しがってもやらんぞ」
「そこまで図々しくありませんよ」
 団長は肩を竦めて苦笑したのだが――。



 翌日、さっそく本宮を訪れた騎士団団長と皇妃が二人してせっせと雪だるまを作る光景が目撃されたのは、必然と言えば必然の成り行きだっただろう。
 その日の夜、本宮前まで馬車で戻って来た皇帝を外で出迎えたのは、侍従長キクロス以下使用人たちの他、高さも大きさもまちまちのいくつもの雪だるまの姿だった。ご丁寧に、片手は剣を持つように枝が上に掲げられている。
「リー・ロンだな」
 大きな呆れのため息に、佐保は小さく頭を下げた。
「ごめんなさい陛下。団長様がすごく張り切ってらして、止めることが出来ませんでした…。あの、お庭にはもっとたくさんあるんですけど、ご覧になりますか?」
「そうだな、見せてもらおうか」
 共に歩く佐保は知らない。
 自分の知らない楽しい時間を他の人間と過ごしたことへの妬心を、皇帝が抱いていることを。その隠れた妬心が皇帝にとある決意をさせたことを。



 大雪が降り、すべてが銀白に覆われたその日、本宮では仲良く雪だるまを作る皇帝と皇妃の姿があった。仲睦まじく楽しげな様子に、手出し無用を言いつけられ眺めているだけの一同の表情も楽しげだ。


「陛下も大人げないというか、意外に稚気があるというか」
「…煽った本人が言うことか?」
at 2017-03-17-20:23 | SS 月神SS