縁起もの(ちいさな神様、恋をした)

 ここは山奥の幽世。神様たちがのんびりと過ごす津和の里。


「あ、葛ちゃん」
 鶏のコッコさんの背中に乗って軽やかに村の中を歩いていた葛は、自分を呼ぶ柔らかな声に、コッコさんの首につけていた手綱代わりの紐を引いた。きょろきょろと左右に顔を巡らし、見知った顔が左側の軒先にのんびり座っているのを見て破顔すると、そのままコッコさんの向きを変え、トコトコと椅子に座る青年の足元に駆け寄る。

「こんにちは、忠重さん」
「はい、こんにちは。葛ちゃん」

 穏やかに目を細めた青年は、自分の隣をポンポンと叩き、隣に座るように促した。
「コッコさんにはこれね」
 懐に手を入れた忠重はすぐに米をバラバラと地面に撒いた。コッコッと嬉しそうな声で鳴いて啄むのを見ながら、葛は忠重の手を借りて切り出し丸太の椅子にちょこんと座った。
 小さな花の神様である葛は子供の手のひらほどの大きさしかない。そんな葛の横に、忠重が自分が食べていた黄金色のとろとろした菓子の塊を小さく取り分けて懐紙に乗せて置いた。
 甘い砂糖の香りに、葛の目が丸くなる。

「きんとん!」
「葛ちゃん、きんとん好きでしょう?」
「はい、大好きです」
「いくらでもお代わりあるから、どんどん食べてね」

 小さな葛が沢山食べたとしても普通の大きさの人や神様の匙一杯がせいぜいなので、いくらでもどうぞと誰もが薦めるので葛も慣れている。村の神様たちは誰に対しても親切で遠慮がないので、厚意は素直に受けとっておくのが「貰い過ぎない」コツなのだ。
 忠重は葛が腰に括り付けていた小さな水筒にも茶を分けてくれた。

「ありがとう、忠重さん。この水筒もとっても便利で重宝しています」
「それはよかった」

 にこにこと笑みを乗せる忠重は、村の細工師だ。木工に彫金、大きなものから小さなものまであらゆる種類の工芸品を作って生計を立てている。基本的に自給自足の村の中、しかも神様なので自由気ままに好きな者を作っているだけなのだが、芸術肌というのか、葛の伴侶である画家の新市とも交流がある。
 小さな水筒に限らず、小さなお膳に小さな箪笥など、小さな葛の生活用品のほとんどは忠重の手によるものだった。まあ、小さな葛なので着物やその他、忠重以外にも協力者はたくさんいるのであるが。
 基本自給自足の村の中では、誰もが自然に助け合い補い合って生活している。
 細く柔らかな灰色の髪を山吹色の紐で結わえ、鳩羽色に薄鼠色の絣を散らした作務衣の忠重は鼠の神様で、一見すれば周りに埋没しそうな色合いなのだが、神様の例に漏れず非常に整った優し気な風貌の持ち主なので、それなりに目を引く。
 よくお蝶など村の話好きが世間話の一環として口にするのは「千世様はきつい美人で、忠重さんは正統派美人、志摩ちゃんはおっとり美人」で、葛は「ふ、ふうん?」と話を聞いてわかったふりをしている。今一つ、彼女たちの言うところの区別がよくわからないのだ。
 ちなみに葛は小さくても大きくても「可愛い枠」で決まっているらしい。参考までに外界へ出向いていることが多い山犬の神様伊吹に言わせると、「千世は厳格眼鏡教師、志摩は若女将、忠重はスマイルアナウンサー、万智はえ……女王様、葛は天然お嬢様」だ。万智の女王様の前には「え」で始まって「む」で終わる言葉がくっついていたが、櫨禅に耳を塞がれてしまって聞こえなかった。ちょっと残念。
 だがまあ、悪いことではないので気にしないのが一番なのだろう。
 並んで二人は最近の出来事を互いに語った。忠重は年末にかけて根付の依頼が大量にあって忙しかったこと、葛は新市と一緒に温泉に入りに行ったこと、犬姿の伊吹の肉球にガムがひっついて取れなくて苦労したことなど、日常的な話題を笑いながら、時に身ぶりを交えながら楽しく話す。
 ひと段落してお茶で喉を潤し、ふと忠重が袂に手を入れ、布袋を取り出した。その中から出て来たのは、様々な配色で組まれた組紐がついた根付だった。

「これ、葛ちゃんにもあげるね。葛ちゃんにはちょっと大きいかもしれないけど」
 ちりんと小さな鈴は紐の先端の小さな丸い鼠の首につけられていて、とても可愛らしい。
「わあ、かわいい……」

 葛は両手で桃色と紅の組紐の根付を両手で抱え、水晶の鼠の丸い背中を撫でた。人の手には小さな根付だが、葛にとっては両手で抱えるほどのもの。だが、水晶の割にとても軽く、なめらかで気持ちよい。

「ひやっこい……」
 頬をぺたりとくっつけると、ひんやりとして気持ちよい。夏には抱いて寝たら気持ちよさそうだ。
「嬉しいです、忠重さん」」
「喜んでもらえたらよかった。これ、年末に作ったものなんだ」
「お外に売るものではないんですか?」
「そうなんだけど、春先まではまだ作る予定だし、来年……あ、今年は縁起担ぎで鼠が人気だから、多く作ってて問題ないだろうって、マルクが」

 マルクとは神様たちの世界の中で西の方からやって来た灰色に黒の縞模様が美しい西洋猫で、忠重の家の居候だ。鼠と一緒に暮らす猫である。
 村の皆からはマルクという名前よりも「猫又さん」と呼ばれることが多いが、
「俺はケットシーだと何べん言えばわかるんだ。俺の尾は一本だ。二本の猫又と一緒にするな」
 と本人には不服だ。
 妖精猫というらしいのだが、村の連中にとっては同じ村に住むのだからどれにしても一緒なのだ。人間の新市もいれば、神様もいるし、普通の動物もいる。猫又や妖精猫がいたところで、本当に大したことはない。
 そのマルクは、人間の町の神社や社の幾つかに忠重が作った根付を卸しに晦日から里を出ていてまだ帰っていない。

「早く帰って来たらいいですね、マルクさん」
「うん、そうだね。あのね、おいしいものをたくさん持って帰るって言ってたよ」
「おいしいもの……なんだろう」
「僕はね、たぶんお魚だと思うんだ」

 葛はパチンと手を合わせた。

「ああ! そう言えばマルクさん、お魚が大好きだったですね!」
「でしょう? きっと大きなのだと思うんだ」
「でも大きいのは置き場所に困るかもしれないから、かつぶしかも。この間、千世様のところにお薬取りに来た時に、早苗ちゃんがお味噌汁作ってのをじっと見てました。あの時はかつぶしのお出汁だったし」
「かつぶしかあ」
「でもにぼしかも。時々ポケットからにぼし出して、ぽりぽり食べてるのを見たことあります」
「にぼしもありそうだねえ」
「絶対どっちかですよ」
「だよね」

 ちりん……と小さな音がして、二人ははっと顔を正面に向けた。
 果たしてそこには。

「シゲ、葛。お前ら……」

 首に鈴ならぬ、手首に鼠の根付を輪にして嵌めた猫が、口元をひくつかせながら立っていた。
 両手に抱えた袋からは甘くよい匂いが漂って来て、

「たいやき!」

 大小二人の神様の満面の笑みに、人姿の妖精猫は「はぁ」と大きく溜め息をつくのだった。


at 2020-01-01-20:18 | SS その他