好きなものいっぱい(空を抱く黄金竜)

 世界に名だたる武闘集団、シルヴェストロ国騎士団の新年は大騒ぎで始まる。
 国や王に仕える騎士とくれば生真面目で礼節を重んじるという印象が強いが、強さが尺度になっているこの国ではほとんどの国で当てはまるその定義はあまり重要視されない。何しろ血統こそそれなりに重視はされるものの、直系傍系問わず、強さとある程度の知性としたたかさを備えた者が国王に「据えられる」のがこの国なのだ。
 無論、典礼儀式その他に並ぶことを踏まえて最低限の礼節を身に着けているのは間違いないのだが、普段の生活の中でそれらを披露する場面が少ないのをよいことに、皆が皆、自由に過ごしているのがシルヴェストロ騎士団なのである。
 そんな騎士たちが一同に会せばどうなるかというと――。

「俺がいない間に賑わってるじゃねえか」

 前国王で現団長のフェイツランドは誰にともなく呟いた。天井が高い吹き抜けの大きな食堂の入り口に立ったまま、銅色の髪をぐしゃぐしゃと掻き回し苦笑を浮かべる。
 いつもと言えばいつもと同じ光景ではあった。思い思いの場所に陣取って、料理を食べ、酒を飲む。大きな笑い声、怒声混じりの小突き合い、そしてそれを宥める声、賑やかな笑い声。テーブルを殴るような音がしているのも、端の方に壊れた椅子が無造作に積まれているのも、シルヴェストロ国騎士団の中では極々普通のことだ。希望的観測に過ぎないが、自国の当たり前が他国でも通じるとは思っていない……はずである。
 普段よりちょっとばかり賑やか過ぎるような気はするが、フェイツランド自身が賑やかなのは嫌いではないから、もっと盛り上がれとは思っても沈静化させようなどは決して思うことはない。

「ま、新年だしな」

 そう、新年なのだ。新しい年が始まるこの時を暴れるほど元気で過ごせることを歓迎こそすれ、咎めるなど無粋な真似は絶対にすべきではない。たとえ新しい年を迎えて既に二日に入っていようとも、長い一年の最初の数日程度の誤差は気にしてはいけないのだ。
 昨日今日と城での式典に駆り出されていて、食堂でのこの騒ぎに乗り遅れてしまったからでは決してない。

「あ、団長だぁ」

 こちらを振り仰ぐようにして掛けられた間延びした声の主は第二師団長マリスヴォス。頬を機嫌よく上気して赤く染めながら、フェイツランドに向かって握ったグラスを掲げる。普段は頭の上で一つに結ばれているだけの長い髪も、今は何本も作られた三つ編みが至るところから飛び出していて、おまけに花やら木の枝などが差し込まれていて、とんでもない芸術作品が出来上がっていた。

「早く早く。こっちにおいでよー」

 マリスヴォスは隣で酔い潰れてテーブルに突っ伏していた男を片腕で払い除けて床に落とすと、自分の隣に座るよう手招きする。

「今ねエ、飲み比べしてて十六連勝中だったんだあ」
「おう、そりゃあ結構いい線いってるじゃねえか」
「でしょ、でしょ。ほらほら、団長も飲んで飲んで」

 マリスヴォスの足の下というか、テーブルの下には無残に敗れた男たちが赤い顔で何人も転がっているが、どの男の表情も幸せそうだ。酒瓶に口づけを繰り返す者、泣きながら恋人らしき人物の名を呼びながら床に向かって頭を下げている者、マリスヴォスの足にしがみついては蹴られながらも表情が緩んでいる者などは一例に過ぎず、そっと目を背けたくなるような様子の者もいたりと実に様々だ。
 当たり前ではあるがフェイツランドが彼らに配慮することはない。ちょうどいいとばかりにテーブルの下でムニャムニャ寝言を唱える男を足置きに、勧められるままドッカリと椅子に腰かける。
 すかさずマリスヴォスが空いたグラスを手にし……「んん?」と小首を傾げた後で、それを下ろして空になった水差しを引き寄せ、フェイツランドに押し付けた。
 そして、

「遅れて来た団長には、これくらいかなあ」

 などと言いながら、長いテーブルのど真ん中に据え置かれた酒樽からドボドボと酒を注ぎ入れる。
 水差しと言っても小さなものではない。よく食べよく飲む騎士専用の食堂に置かれているくらいだから大人の手のひら二つ分の高さがあり、つまりは酒瓶よりも大きく、花瓶と言って納得されるほどの大きさだ。酒樽から直接注ぎたくなるのも道理……というか、水差しなので酒を注ぎ入れるための容器ではないのだが、酔っ払いに道理を説いたところで理解出来るはずもない。

「ささ、団長ぉ、どうぞどうぞ」
「おう、有難くいただくぜ」

 並々と注がれたグラスという名の水差しを軽くマリスヴォスが持つグラスに触れ合わせたフェイツランドは、一気に酒を喉に流し込んだ。

「おおー、流石団長、いい飲みっぷりだねぇ」

 パチパチと小さく拍手をするマリスヴォスの足元に転がる部下たちも釣られて同じように手を打つ。
 それに片手を上げて応えながら、フェイツランドはさらに呷って葡萄酒を飲み干した。新しい年を迎える前から続いての宴会で既に良い酒は飲みつくされた後なのか、それとも最初から酔っ払いに飲ませる「良い酒」だけ避難させ、安価で仕入れた葡萄酒ではあったが、会議だ新年の挨拶だ行事だと王族としての務めを果たして来た身には、安い酒でも十分に旨く、大皿に盛られただけのお手軽料理すら上品な会食に閉口していた口には有り難い。
 そのままフェイツランドは元水差し、現酒杯を傾けながら骨付き肉にかぶりつき、くるりと周囲に目を走らせた。
 こういう場に副長のノーラヒルデがいないのは付き合いの長さからわかっている。あの規範に厳格な男が酔っ払いに絡まれるとわかっていて姿を見せるはずがない。一応は年中無休奉仕の騎士団なので、危急の場合に備えて騎士団本部に詰めているのだろう。もしくは既に宵の口も過ぎた現在なら宿舎に引き上げたかだろう。
 新年最初の朝礼の場で、騎士全員がきつい一言を貰うのもまた例年のことである。
 ノーラヒルデのことは別によい。あれは黒竜にでも任せておけば嬉々として世話をするだろうから放っておいてよい。
 そうではなく。

「――いた」

 目的の人物の姿を発見し、フェイツランドの瞳がすっと眇められた。

「何? 団長どうかしたの?」

 フェイツランドの見ている方に顔を向けたマリスヴォスが「あ」と口を開けて破顔した。
 大柄な騎士たちが立ち騒ぐ隙間から見えた輝く金髪は、騎士団の皆に可愛がられ、それ以上にフェイツランドに愛されている少年の者であった。
 ひょこひょこと金色の頭が見え隠れしていることから察するに、厨房に近い窓際の場所の一定範囲を行ったり来たりしているようだ。
 割と初期から食堂に居座っていたマリスヴォスには、そこに何が置かれていたのかを思い出し、納得したように大きく頷いた。野菜たっぷりの肉の煮込みや茸入りの麺類に、柔らかなパン、それに果汁水や茶、菓子などが乗せられていたはずだ。
 新年恒例の宴会を知っている料理人は心得たもので、下戸な騎士や勤務開始が近い騎士たちが腹に入れて膨れる品を用意するのが常なのだ。そんな例年ではあるのだが、今だけでなく最近の食堂では菓子類が出される機会も多くなり、その種類も増えていた。
 その理由は、今は金色の頭しか見えない少年が、いつも頬を薔薇色に染めて「おいしいおいしい」と喜ぶのを知っているからに他ならない。

「坊やが好きそうなのを用意してそうだもんねえ」

 なるほどなるほどと一人納得したマリスヴォスは、行ってあげたら? とフェイツランドに向かってシッシッと片手を振った。
 最初から目当てが少年――エイプリルのフェイツランドなので、素直に水差しという名の酒杯を飲み干すと、潔く席を立ち少年の元へ向かった。途中、騎士団長の存在に気づいた酔っ払い達から勧められるまま酒杯を飲み干しては進むというのを繰り返していたため、短い距離にも関わらず側に行くまでに時間は掛かったが、全種類を食べつくす気満々だったエイプリルが移動していなかったため、簡単に腕の中に囲うことが出来た。

「楽しそうだな」
「あ、団長。もうお城でのお仕事終わったんですか?」
「おう。やっと終わった。正装しっぱなしだったせいで肩が凝っちまったぜ。それに年寄りの話の長ぇこと」

 だからちょっと癒させろと耳元に顔を寄せると、エイプリルは擽った気に体を捩った。

「もう、変なことしないでくださいよ。お皿を落としてしまうじゃないですか。このお菓子、最後の一個だったのをジャンニさんと半分こして手に入れた貴重なものなんですよ」

 顔をずらしてエイプリルの手元に皿に視線を移すと、干し葡萄たっぷりのケーキと型崩れた黄色いプティングと茶色のソース、それに白いクリームがちょこんと添えられていた。

「へえ、厨房の連中もこういう凝ったのを作るようになったんだな」
「新年だから特別だって言ってました。でも他にも作るのがあるから一日十個しか作れないらしくて、僕がここに来た時にはもう残り一個で、一緒に来たジャンニさんと分けたんです」

 青い髪のジャンニは少し離れたところに座って本部詰めの職員と話をしていたが、フェイツランドに気づくと軽く顎を引いて会釈した。自分で言うのもなんだが、癖が強い騎士たちの中で常識人に分類されるジャンニとは入団初期から武器のことなどで話す機会が多かったせいか、エイプリルが比較的よく話をする男でもある。
 ジャンニには軽く手を上げ挨拶を返したフェイツランドはひょいと皿に手を伸ばし、指でプティングを摘むと口に入れた。

「ああっ!」
「……甘いな」
「甘いお菓子だから当然でしょう! それよりも僕のお菓子をつまみ食いするなんて!」
「つまみ食いじゃなくてただの味見だろ?」
「僕のお皿から食べたんだからつまみ食いです。窃盗です」
「はぁ?」

 何を言い出すんだこの子はという胡乱な目をするフェイツランドの腕の中で、エイプリルはくるりと体の、向きを変え、向かい合うようにしてツンと顎を逸らしながらフェイツランドを見上げた。抱えていた皿の分、二人の間に隙間が出来てしまい、離れた温もりを残念に思う。

「いいですか、団長」
「……」
「返事!」
「あぁ……はいはい」

 気のない返事をするとエイプリルはぐぐっと眉間に皺を寄せた。それからフェイツランドの額をひとさし指で指そうとして、自分が不安定な姿勢で皿を抱えていたことに気づくと近くのテーブルの端に乗せた。しかし、説教をしたそうな割にエイプリルの目は皿の方へチラチラと向けられていて、少年の興味の大部分が菓子にあるのは明白だ。せっかく確保した残り一個の菓子を誰かに取られやしないかと不安なのだ。
 フェイツランドはエイプリルを抱えて運ぶと件のテーブルの端に座らせ、他のテーブルから椅子を二つばかり拝借して改めてそこに座らせた。
 ぱあっと輝いた表情は年相応というより幼げで、実は可愛いものが好きなフェイツランドも満足だ。元々恋人関係にある二人だが、食べ物とフェイツランドが並んでいた場合、高確率でフェイツランドが負けることが多いので、自分に笑みを向けさせることに成功したのを内心喜んでもいた。

「それで? 俺に何か文句があるんじゃなかったのか?」

 テーブルに片肘をつき、覗き込むようにエイプリルを見ながら言うとエイプリルは空色の瞳をパチパチと数回瞬きさせ、「あれ?」と首を傾げた。

「……とっても重要なことを言わなきゃいけなかった気がするんだけど……」

 つまりはほんの僅かの距離を移動する間に忘れてしまったらしい。「窃盗」という物騒な言葉を、フェイツランドはしっかりと覚えているがわざわざ教えてやるつもりはない。それよりは、エイプリルが機嫌よく笑っているのを見ている方がよい。ちょっと揶揄っただけで顔を真っ赤にしたり、唇を尖らせて文句を言うのも可愛いが、せっかく菓子で上機嫌になっているのだから話題を引き戻すのは無粋というものだ。

「忘れちまったんなら大したことじゃなかったってことだ。それより、ほら、これを食うんだろう?」

 皿に乗っていたスプーンとフォークのうち、フォークを手にしたフェイツランドは干し葡萄や乾燥果実が練り込まれたケーキを掬いとり、少し考えてクリームも一緒に掬いとってエイプリルに差し出した。
 条件反射というべきか、地道な餌付けが実を結んだのか、疑問に思うことなくエイプリルは大きく口を開けた。

「おいしい……」
「そうか。もっと食うか?」
「食べる」

 催促するように大きく開けたエイプリルの口に、フェイツランドは適度にゆっくりと餌……もとい菓子を与え続けた。フェイツランドが来る前に食べていたはずの肉料理や汁物などで腹が膨れているはずだが、菓子は別腹のようだ。
 クリームをつけたしっとりケーキを食べ終わると、最後まで取っていた黄色のプティングでこれもフェイツランドの手ずから完食した。

「美味かったか?」
「はい。とっても。団長は食べないんですか?」
「んー酒のつまみ程度でいいんだがな」

 言ってからフェイツランドはエイプリルに笑い掛けた。

「お前が食べさせてくれるのなら何でもいいぞ」

 無礼講状態で騒いだり歌ったり床に寝転がっている騎士が多いと言っても、一応は食堂で人の目がある場所だ。どうせ真面目なエイプリルは断るだろうから、そうしたら食べるものを大皿が器にでも取って部屋に戻って食べるのもいい。そのまま昨年末の夜勤やら祭事やらでご無沙汰だった恋人としての触れ合いに縺れ込めれば上々。
 そう考えていたフェイツランドの目の前で、

「はいっ! じゃあ今から僕がおすすめの料理を取って来ます!」

 威勢よく挙手するとエイプリルは料理が並ぶテーブルに駆けていった。何だ何だという気分のまま、欲張って大皿に盛りつけている少年の鼻歌でも歌っていそうな後ろ姿を眺めていると、

「団長」

 すっと側に来たジャンニがエイプリルを目線で指しながら言った。

「エイプリル、酔ってますよ。俺もさっき気づいたんですが、干し葡萄が入ってたやつ、かなりキツイ酒が仕込まれていました。甘い匂いで酒精には気づかなかったんでしょうが、酒に免疫がなければきついかと」
「……酒?」
「はい。子供も食べる菓子に使われる酒なのでそこまで強くはないと思いますが、人によっては」

 二人の目は、楽しそうに揺れるエイプリルの後ろ姿に注がれた。ふりふりと揺れる金髪の後頭部、小ぶりな尻も一緒になって歌っているようにも見えた。
 そんなエイプリルの隣に並んだ騎士に話し掛けられ、答える横顔はほんのり上気して赤く染まっている。

「食い物が嬉しくて赤くなっていたと思っていたが、酒だったのか」

 酒に飽きたのか、ひっきりなしにエイプリルに話し掛ける騎士たちを見て、フェイツランドは決断した。
 予定変更……ではなく予定通り料理と酒を持ち帰り、宿舎で過ごそうと。
 出来る男ジャンニにはフェイツランドの内心などお見通しだったに違いない。

「酒と料理はすぐに部屋の前にでも届けて置いておきますよ。先に回収した方がいいでしょう」

 その意見に否やはない。
 サッと立ち上がったフェイツランドは菓子が陳列する皿から焼き菓子を数枚掴むと、エイプリルの手から皿を取り上げて口の中にクッキーを押し込み、そのまま抱きかかえるようにして食堂を出て行った。文句を言い掛けた口を塞ぐために菓子を有効的に使うところは流石騎士団長、策士である。おそらくは宿舎に着くまで、雛鳥よろしくエイプリルの口には菓子が与えられ続けることだろう。

「なあ菓子は好きか?」
「好き」
「肉は?」
「とっても好き」
「プリシラは?」
「すごく好き」
「給金は?」
「大事にしたいくらい好き」
「俺は?」
「大好……あ」

 翌日、昼も遅くになってやっと宿舎から出て来たフェイツランドはすっきり爽快な笑顔で騎士団本部に出勤したが、少年が具合を悪くして寝込んでいると伝えたところ、副長ノーラヒルデに「ケダモノ」と蔑みの目を向けられてしまったのは、前科があるから仕方がない。

「いやだから、坊主のは二日酔いだって。まさか菓子で二日酔いになるなんてなあ。今頃は寝台の中で頭痛に唸ってるぜ」
「だが抱いたんだろう?」
「そりゃあ?」
「ならやはりお前のせいだな」
「何故!?」
at 2021-01-04-22:25 | SS その他