白くて丸くて(月神の愛でる花)

 サークィン皇国王都イルレーゼでも人気の菓子販売店、トーダの店。

「お? お? ……おおおおぉ!」
 
 菓子を並べた陳列箱のガラス面にぺたりと額をくっつけるようにしてへばりつく佐保を見るミオの目は、どこか生温い。護衛として付き添って店内まで入って来た副団長マクスウェルは声こそ出していないが、「ぶふ……っ」と吹き出した後は口を手のひらで押さえて、腹を抱えて笑いを堪えている。
 両者の反応は、どちらかと言えば大人しく控え目で、あまり突飛な行動に出ることのない佐保が、目を大きく見開き硬直したと思ったら、大きな歓声――申し訳ないがミオには奇声に聞こえてならなかった――を上げ、陳列台に突進するという、これまで見せたことのない姿を見せたからだ。そして、その奇行――くどいようだが日頃突飛な行動をせずゆったりとしている佐保なのでミオにはそう見えてしまうのだ――は今も継続中だ。

 例えるなら幼子が初めてみた玩具や菓子や動物に夢中になるように。
 何度「帰るよ!」と言われてもしがみつき、離れようとしない小さな子供のように。

 ガラスの向こうに立つ既婚のふくよかな女性店員の慈愛の籠った眼差しは、ミオが思ったのと同じことを思ているのだと伝えていた。
 彼女にとって佐保は偶にやって来るお得意さんであり、店の主トーダと彼の伴侶アンリスのように佐保の正体が皇妃だと知っているわけではない。だからこそ、小柄で童顔の佐保を成人前の良家の子息だと思っている節があり、時々おまけと称して菓子袋を押し付けるのもそれが理由だろう。ミオが遣いで来た時にはなく、佐保が直接店に来た時だけだから、間違いない。

 店員の横に立つ青年アンリスは、予想以上の反応に戸惑いを隠せない様子で、目を驚きに丸くしたまま笑みを貼りつけているという形容し難い表情だ。

「日下君は絶対に驚いて喜ぶはずだ」

 出来上がった菓子を前にした時の楽し気に目を細めた伴侶の表情を思い出し、「確かにナオの言った通りだ」と驚きつつも心の中で大きく頷く。

 サークィン皇妃を「クサカ君」と呼ぶのは、佐保と同じ稀人のトダ・ナオトだけだ。それにちょっと特別性を感じて軽く嫉妬を覚えなかったと言えば嘘になる。だが、今の皇国内には判明しているだけで二人しかいない稀人で、しかも同郷とあっては特別な繋がりがあるのは事実なのと、あくまでも同郷の友人という枠以外に他意がないのはわかっているので、最近では兄弟のような気持ちで眺めることが出来るようになっている。
 そもそもが佐保には、佐保を溺愛するサークィン皇帝という世界で五指に入る男がいるのだ。それがわかっていて懸想する人は早々いまい……と、佐保に懸想する男が実際にいることを知らないアンリスは思っている。

 そんな周りはともかく。

「サホ様」
 
 ミオの小さな咳払いと共に肩越しにそっと声を掛けられ、佐保はハッとした。慌ててガラスに貼りつけていた顔と手を離し、腰を伸ばして、にっこりと口角を上げ愛想笑いで己の行動を誤魔化しながら、陳列台の中を指さして説明した。

「あれなんですけど」

 佐保が指さしたのは、白い菓子だった。手のひらに乗る程度だから大きいものではなく、他の菓子と大して変わらない。ただ、他のものには飾りがついていたり見た目の配色にも工夫されているのに対し、それは白と緑と橙しかなかった。
 表面はつるんとして丸みを持つ平べったさで、大小のそれを二つ重ねた上に橙の飾りが緑の葉を模した模様の上にちょこんと乗っている。
 佐保にとっては見慣れた正月の風物、鏡餅である。

「僕の住んでいた国で、新年に家に飾るものなんです」
「飾りですか? 菓子を?」
「はい……って言っても、お菓子じゃなくてお餅という日持ちのする食べものなんですけど。穀類なのかな。それで本物はもっと大きくて、僕の頭くらいとか、それより少し小さいくらいが多いのかな」

 最近では目の前の菓子よりも少し大きいくらいの小さめのもあったり、逆にとんでもなく大きいものがあったりするが、佐保の中では頭より少し大きめが普通だった。

「飾る意味合いは神様の依り代だとかお供えだとかだったかと」

 祖父はそういうことに詳しかったが、佐保たち子供たちにとっては正月には鏡餅を供え、十日過ぎたらぜんざいや雑煮にして食べるということの方が印象強いものだ。もう少し文化に造詣が深ければいろいろ蘊蓄を語ることが出来ただろうと、もう少し学んでおけばよかったとこの世界に来て思うことは多い。まあ、それもないものねだりでしかないのだから、わかる範囲で説明するしかない。

「逆に僕も聞きたいんですけど、こういう稀人の風習は記録に残されていたりしないんですか?」
「どうでしょう。もしかすると残されているものもあるかもしれませんが、稀人が暮らしていた家や地方で引き継がれているくらいのような気がします」

 そういう場合の方が多いのだろうと佐保も思う。稀人は稀少性はあるが神聖視される存在ではない。他国はどうか知らないが、少なくともサークィン皇国では申請すれば生活の援助はされるだろうが、しないでひっそりと暮らした人も多かったはずだ。佐保自身も、メッチェ夫妻と出会わなければナバル村から出ることなく一章を終えた可能性は高い。佐保もレグレシティスも、たとえ時間が掛かっても絶対に出会ったはずだという意見は一致しているのではあるのだが。

 人気のトーダの店はいつも混雑している。店内で雑談するのも邪魔になるだろうからと、アンリスの案内で奥にある休憩部屋へと佐保たちは案内された。先ほどの鏡餅風菓子も一緒だ。
 少しするとアンリスがトーダを連れて部屋の中へ戻って来た。仕事用の白い上衣を脱いで座るトーダは、にこにこしている佐保を見て、深く笑みを浮かべた。

「気に入って貰えたか」
「はい!」

 同郷の誼のため、公的な場以外では佐保に対しても普通の口調で話し掛ける。佐保の方が相手が年上だとわかっているので丁寧口調だが、大抵の人にはこの話方なので、砕けろと言われた方が難しい。

「これ、何で出来ているんですか? お餅みたいですけど、そうじゃないですよね?」
「ああ。餅を作るほどの糯米は手に入らなかったから、白玉粉で代用した」
「白玉粉……ってお団子を作る時の?」
「そうだ。よく知ってるなあ。若い子は知らないと思っていた」
「うちはよく団子を作っていたから。僕もよく手伝っていたし」

 ぜんざいに入れるのは基本として、黄な粉をまぶしたり、黒蜜をかけたりしておやつとして食べていたものだ。佐保が住んでいた農村部の小さな町では割と普通に白玉粉は出回っていたものだ。

「出入りの卸店で粉になっているのを見つけて、糯米がなくてもこれなら求肥を作って丸めればそれらしくなると思ったんだ。求肥は?」
「知ってます、ぎゅうひ。和菓子とかアイスに使われているから、名前は知らなくても食べたことがある人は多いはずですよ」

 中に冷菓をつめこんだ雪見をしながら食べる大福は、どこの売り場にも必ずある定番と言ってもよい。
 佐保はそこで「ああ!」と胸の前で手を合わせた。

「それで見覚えがあったんだ……。形はお餅だけど見たことあるなあって。中身は?」
「さすがに冷菓の保存が難し過ぎてアイスクリームは詰め込めなかった」

 トーダは笑いながらフォークを手に取ると、皿の上の鏡餅風菓子を半分に割った。一つ、それから二つ並べ、中を佐保たちに見えるように示す。

「こちらが和風の漉し餡。こちらがクリームチーズだ。クリームチーズの方は常温だとすぐに食べた方がいいが、漉し餡の方は日持ちはする」

 橙色のミカンは小さめの星果実をそれっぽく色付けしたもので、葉っぱは同じ求肥を他の食材でそれっぽく染めたものだった。

「よく出来てますね」
「凝り出したら止まらなくなりそうだった」
「?」
「皇妃様、ナオはこの丸いお菓子だけじゃなくて、他にも飾りがたくさんついたのを作ろうとしていたんですよ。縄をたくさん買って来ていろいろ捻ったり、木材屋に行って切り株見ていたり」
「しめ縄と門松な」
「な、なるほど……」

 たぶん普通に本物っぽく作る分にはそこまで難しくもなく、材料さえ手に入れば労苦なく作れるとは思う。おそらくトーダは実物を見ながら菓子を作りたかったのではないかと佐保は思った。ただ、その過程でアンリスの制止が入ったか、本人が挫折したかだろう。背後で「縄? 扱い方なら詳しいぞ」などという不穏な声が聞こえたが華麗に無視だ。

「せっかくだから城に持って行こうかとは考えたんだが、アンが、雪も止んだしそろそろ買いに来るだろうと言って」
「私が言った通りだったでしょ」
「当たりましたね、アンリスさん」

 皇妃殿下を足を運ぶのを待つのはどうなんだとトーダは首を傾げているが、近いうちの来店が予想されるなら雪の中届けて貰うよりは佐保も気が楽だ。他の王室などでは認められないのかもしれないが、少なくとも佐保は急ぎでなければそれでいいと思う。トーダの店の菓子は城に献上するためだけに作られるのではなく、人々がおいしい物を食べて楽しめるためのものなので、佐保たちもそこに含まれているに過ぎない。

「新しいのが出来たらいつでも試食に呼んでください。駆けつけます」

 これは佐保の本心だった。
 店で食べていくかと尋ねられたが断わって、土産に鏡餅風菓子を幾つかと他の菓子も買い込んで佐保たちは城へ戻った。昨日今日と寒くはあるものの晴れ間が見えているため外出は出来たが、明日、早ければ今夜にでもまた雪が吹雪くようになる。日持ちのするものは、外出出来ない間の退屈を紛らわしたい人々の口を慰めてくれるだろう。

 途中で護衛の詰所によって菓子箱を渡し、本宮へ戻ったミオはキクロスに帰宅の報せついでに使用人の休憩室へ菓子を届けに行った。
 一人部屋に戻った佐保は、大事に抱えて来た菓子箱から鏡餅風菓子をそっと取り出し、常温保存が出来る中身漉し餡の方を皿に乗せ、卓の上に置いた。

「本当に良く出来てるなあ。本物みたい」

 留守番をしていた仔獣二匹を抱え、角度を変えつつ眺めて楽しむ。
 これはなあに? というように二匹が首を傾げるので、お飾りだよと説明するが、どこまでわかっているかは不明だ。二匹は白い餅部分よりも、葉っぱ色をした飾りが気になってようだ。草食幻獣らしい。

「佐保様、陛下がお戻りになられました」
「えっ、もう? 早いですね」

 ミオに扉の外から声を掛けられ、佐保は二匹をその場に残し、出迎えるために廊下に出た。すぐに騎士団長や護衛を連れたレグレシティスの姿が目に入り、佐保は笑みを浮かべた。

「レグレシティス様、お帰りなさい」
「ただいま、佐保」

 お帰りのキスを頬に受け、レグレシティスから上着を受け取りながら共に部屋に戻る。

「今日は早かったですね。まだ夕方前なのに」
「重要な案件の決裁が多くなかったからな。何かあれば吹雪だろうが深夜だろうが呼ばれるのだから、早めに帰れと言われた」
「宰相様に?」
「宰相に」

 レグレシティスは笑いながら寝室で部屋着に着替えるのを手伝っていた佐保の手を引き寄せ、軽く唇を合わせた。

「……レグレシティス様の唇、ちょっと冷たい」
「風が強くなって来たからそのせいだろう。お前はもう温かくなっていた。出掛けていたのだろう? 戻ったばかりと聞いたが」
「はい。レグレシティス様が帰って来るよりほんの少しだけ先に」

 話す二人の言葉は触れ合うほどに近づいた唇の間にある。
 ここで「お前の唇で温めてくれ」と言える皇帝、もしくは「僕が温めてあげる」と言える皇妃ならよいのだろうが、いつまでも経っても初々しさが抜けないと周囲が認める二人なので、そこまで色のある展開にならないのはお約束だ。
 辛うじて佐保が、

「まだ冷えてるでしょう? 夕食までまだ時間あるし、温かいお茶を飲んで温まってください。トーダさんのお店で買ったお菓子も見て貰いたいし」

 と、そこまで佐保が言ってレグレシティスの腕を引いた時である。

「あああああっ!! なんてことを……!」

 ミオの大きな悲鳴が聞こえ、レグレシティスが佐保を庇いように前に立って隣室に駆け込む。同時に廊下側からも扉が開き、まだ近くにいた護衛騎士と団長が駆け込んで来た。廊下をパタパタと走る音が聞こえるから、他の侍従や騎士もすぐに駆けつけて来るだろう。

「ミオさん? 一体何が……?」

 安全が確保されるまではと、レグレシティスの体によって未だ寝室から出られない佐保は、レグレシティスの体の横から顔だけ覗かせて、部屋の真ん中で悲壮な顔をしているミオへ尋ねた。
 レグレシティスや騎士たちは警戒しているが、佐保はそこまで警戒するような悲鳴には感じられなかったからで、実際、その予感は正しかった。

「佐保様っ!」

 ミオは卓の上を真っすぐ指さした。正確には、佐保が置きっぱなしにしていた鏡餅風菓子を。
 佐保は中腰だった背を伸ばし、視線でそこを見て、「あっ!」と声を上げた。

「グラス! リンデン!」

 その時にはレグレシティスも団長たちも状況の把握は出来ていた。現状をしっかりと目撃し、それから「ぷっ」と噴き出したのはどの騎士だろう。それとも扉の前に集まって来た侍従だろうか。
 佐保は立ち止ったまま笑いを噛み殺しているレグレシティスの体を押し退けるようにして寝室から出て来ると、大股で卓に近づき、呆れたように二匹を見下ろした。

「お前たち、どうしてそんなことになってるの……。もう、これ、取れなかったらどうするんだろう……」

 卓の上には既に鏡餅風菓子はなかった。いや、あるにはあるのだが原型をとどめていなかったというのが正しい。
 そこにあったのは、白い求肥に絡め取られたラジャクーンが二匹。毛並みのよいはずの体の至るところにくっついている求肥により、ベタベタと身動きできなくなっている。毛に絡み着いたそれを取ろうと二匹は奮戦しているのだが、余計にベタベタがくっついてしまい、おまけに中の漉し餡も加味されて、「幻獣の漉し餡と餅の和え物」が出来上がってしまっている。
 誰かが吹き出すのも当たり前の情けなさだ。ミオが悲鳴を上げるわけである。

「もう……どうしよう、本当に……」

 手に残骸がつくのも構わず佐保は二匹を両手で掬い上げた。

「これまた見事に塗れてしまったな。元は菓子だったのだろう?」
「そうです。レグレシティス様に見せようと飾っていたんですけど……。二匹を置いたままにしていた僕が悪いと言えばそうなんだけど、ちょっと予想外というかなんというか……」

 もうホントに……と溜め息を零せば、悪いことをしたつもりはないものの、おかあさんの佐保に呆れられるのは嫌なのか、グラスもリンデンもしょんぼりと項垂れている。

「後でしっかりとお小言だからね」

 代わりに洗うというミオや木乃の申し出を断って、佐保は二匹を連れて湯殿に用意された盥の中に二匹を入れ、しっかりと汚れが落ちるまで洗った。その間にいい時分になったからと、レグレシティスも一緒に入浴まで済ませたのだが、久しぶりに「おとうさん」と一緒に入浴出来て大はしゃぎの二匹は、洗われ中に叱られたことは抜けきっているに違いない。

「疲れた……」

 二匹を乾かして、夕食を済ませ、二匹を木乃が寝かしつけるため連れて行ってから佐保は、椅子に寛ぐレグレシティスに座り体を寄せた。
 夕食の間から降り始めた雪のせいで外は相当に冷え込んでいるはずだが、部屋の中は暖炉も併せて炊かれているため寒くはない。大好きな人と寄り添っているせいもあるだろう。
 佐保とレグレシティスから離れたところには、別に保管していた鏡餅風菓子が置かれている。明日の朝には透明のガラスの容器に入れて、二匹の手の届かない場所に飾られ、明日のレグレシティスの帰宅時に一緒に食べる予定だ。

「餡子が入ってるからレグレシティス様にはちょっと甘いかも。クリームチーズの方は平気だと思うから、そっちの方がいいかも」
「どちらでも。お前が食べさせてくれるのだろう?」
「そっちの方がいいなら、それでもいいですよ?」

 にぎにぎと繋いだ手指を絡めて甘えながら佐保は、故郷での風習について覚えている範囲でレグレシティスに語った。

 長いサークィン皇国の冬。
 新年の始まりも雪と共にある国で、静かに語り合いながら過ごすことが佐保の中でも当たり前になっていくのだろう。
at 2020-01-01-22:34 | SS 月神SS

縁起もの(ちいさな神様、恋をした)

 ここは山奥の幽世。神様たちがのんびりと過ごす津和の里。


「あ、葛ちゃん」
 鶏のコッコさんの背中に乗って軽やかに村の中を歩いていた葛は、自分を呼ぶ柔らかな声に、コッコさんの首につけていた手綱代わりの紐を引いた。きょろきょろと左右に顔を巡らし、見知った顔が左側の軒先にのんびり座っているのを見て破顔すると、そのままコッコさんの向きを変え、トコトコと椅子に座る青年の足元に駆け寄る。

「こんにちは、忠重さん」
「はい、こんにちは。葛ちゃん」

 穏やかに目を細めた青年は、自分の隣をポンポンと叩き、隣に座るように促した。
「コッコさんにはこれね」
 懐に手を入れた忠重はすぐに米をバラバラと地面に撒いた。コッコッと嬉しそうな声で鳴いて啄むのを見ながら、葛は忠重の手を借りて切り出し丸太の椅子にちょこんと座った。
 小さな花の神様である葛は子供の手のひらほどの大きさしかない。そんな葛の横に、忠重が自分が食べていた黄金色のとろとろした菓子の塊を小さく取り分けて懐紙に乗せて置いた。
 甘い砂糖の香りに、葛の目が丸くなる。

「きんとん!」
「葛ちゃん、きんとん好きでしょう?」
「はい、大好きです」
「いくらでもお代わりあるから、どんどん食べてね」

 小さな葛が沢山食べたとしても普通の大きさの人や神様の匙一杯がせいぜいなので、いくらでもどうぞと誰もが薦めるので葛も慣れている。村の神様たちは誰に対しても親切で遠慮がないので、厚意は素直に受けとっておくのが「貰い過ぎない」コツなのだ。
 忠重は葛が腰に括り付けていた小さな水筒にも茶を分けてくれた。

「ありがとう、忠重さん。この水筒もとっても便利で重宝しています」
「それはよかった」

 にこにこと笑みを乗せる忠重は、村の細工師だ。木工に彫金、大きなものから小さなものまであらゆる種類の工芸品を作って生計を立てている。基本的に自給自足の村の中、しかも神様なので自由気ままに好きな者を作っているだけなのだが、芸術肌というのか、葛の伴侶である画家の新市とも交流がある。
 小さな水筒に限らず、小さなお膳に小さな箪笥など、小さな葛の生活用品のほとんどは忠重の手によるものだった。まあ、小さな葛なので着物やその他、忠重以外にも協力者はたくさんいるのであるが。
 基本自給自足の村の中では、誰もが自然に助け合い補い合って生活している。
 細く柔らかな灰色の髪を山吹色の紐で結わえ、鳩羽色に薄鼠色の絣を散らした作務衣の忠重は鼠の神様で、一見すれば周りに埋没しそうな色合いなのだが、神様の例に漏れず非常に整った優し気な風貌の持ち主なので、それなりに目を引く。
 よくお蝶など村の話好きが世間話の一環として口にするのは「千世様はきつい美人で、忠重さんは正統派美人、志摩ちゃんはおっとり美人」で、葛は「ふ、ふうん?」と話を聞いてわかったふりをしている。今一つ、彼女たちの言うところの区別がよくわからないのだ。
 ちなみに葛は小さくても大きくても「可愛い枠」で決まっているらしい。参考までに外界へ出向いていることが多い山犬の神様伊吹に言わせると、「千世は厳格眼鏡教師、志摩は若女将、忠重はスマイルアナウンサー、万智はえ……女王様、葛は天然お嬢様」だ。万智の女王様の前には「え」で始まって「む」で終わる言葉がくっついていたが、櫨禅に耳を塞がれてしまって聞こえなかった。ちょっと残念。
 だがまあ、悪いことではないので気にしないのが一番なのだろう。
 並んで二人は最近の出来事を互いに語った。忠重は年末にかけて根付の依頼が大量にあって忙しかったこと、葛は新市と一緒に温泉に入りに行ったこと、犬姿の伊吹の肉球にガムがひっついて取れなくて苦労したことなど、日常的な話題を笑いながら、時に身ぶりを交えながら楽しく話す。
 ひと段落してお茶で喉を潤し、ふと忠重が袂に手を入れ、布袋を取り出した。その中から出て来たのは、様々な配色で組まれた組紐がついた根付だった。

「これ、葛ちゃんにもあげるね。葛ちゃんにはちょっと大きいかもしれないけど」
 ちりんと小さな鈴は紐の先端の小さな丸い鼠の首につけられていて、とても可愛らしい。
「わあ、かわいい……」

 葛は両手で桃色と紅の組紐の根付を両手で抱え、水晶の鼠の丸い背中を撫でた。人の手には小さな根付だが、葛にとっては両手で抱えるほどのもの。だが、水晶の割にとても軽く、なめらかで気持ちよい。

「ひやっこい……」
 頬をぺたりとくっつけると、ひんやりとして気持ちよい。夏には抱いて寝たら気持ちよさそうだ。
「嬉しいです、忠重さん」」
「喜んでもらえたらよかった。これ、年末に作ったものなんだ」
「お外に売るものではないんですか?」
「そうなんだけど、春先まではまだ作る予定だし、来年……あ、今年は縁起担ぎで鼠が人気だから、多く作ってて問題ないだろうって、マルクが」

 マルクとは神様たちの世界の中で西の方からやって来た灰色に黒の縞模様が美しい西洋猫で、忠重の家の居候だ。鼠と一緒に暮らす猫である。
 村の皆からはマルクという名前よりも「猫又さん」と呼ばれることが多いが、
「俺はケットシーだと何べん言えばわかるんだ。俺の尾は一本だ。二本の猫又と一緒にするな」
 と本人には不服だ。
 妖精猫というらしいのだが、村の連中にとっては同じ村に住むのだからどれにしても一緒なのだ。人間の新市もいれば、神様もいるし、普通の動物もいる。猫又や妖精猫がいたところで、本当に大したことはない。
 そのマルクは、人間の町の神社や社の幾つかに忠重が作った根付を卸しに晦日から里を出ていてまだ帰っていない。

「早く帰って来たらいいですね、マルクさん」
「うん、そうだね。あのね、おいしいものをたくさん持って帰るって言ってたよ」
「おいしいもの……なんだろう」
「僕はね、たぶんお魚だと思うんだ」

 葛はパチンと手を合わせた。

「ああ! そう言えばマルクさん、お魚が大好きだったですね!」
「でしょう? きっと大きなのだと思うんだ」
「でも大きいのは置き場所に困るかもしれないから、かつぶしかも。この間、千世様のところにお薬取りに来た時に、早苗ちゃんがお味噌汁作ってのをじっと見てました。あの時はかつぶしのお出汁だったし」
「かつぶしかあ」
「でもにぼしかも。時々ポケットからにぼし出して、ぽりぽり食べてるのを見たことあります」
「にぼしもありそうだねえ」
「絶対どっちかですよ」
「だよね」

 ちりん……と小さな音がして、二人ははっと顔を正面に向けた。
 果たしてそこには。

「シゲ、葛。お前ら……」

 首に鈴ならぬ、手首に鼠の根付を輪にして嵌めた猫が、口元をひくつかせながら立っていた。
 両手に抱えた袋からは甘くよい匂いが漂って来て、

「たいやき!」

 大小二人の神様の満面の笑みに、人姿の妖精猫は「はぁ」と大きく溜め息をつくのだった。


at 2020-01-01-20:18 | SS その他