赤金緑(月神の愛でる花)

「――ふふふ、これでよし、と」
 日当たりのよい居間の窓際の床にしゃがんでいた佐保の満足そうな声に、掃除道具を片付けて部屋に戻って来たばかりのミオが手にリネン類を抱えたまま首を傾げた。
「佐保様? 何をなさってい……あっ」
 佐保の背後から覗き込んだミオが小さく声を上げ、慌てて口を閉ざした。
 見下ろす先には、お気に入りの長靴の中から顔だけ出して眠っている二匹の仔獣――グラスとリンデンがいた。ふわふわの毛が内側に敷き詰められたいかにも暖かそうな長靴は、以前、佐保が贈答品で貰ったものの、結局足に合わずに履くことが出来なくなったものを革職人のタニヤが二匹用に改良してくれたものだ。二匹は冬になるとその中に潜って遊んだり、昼寝をしていることが多い。
 ガラスの向こうには雪が深く積もっているが、建物の中全体を暖気が巡っているのと、珍しく太陽が輝いているため、陽だまりの中はまるで春のような気持ちのよい温かさを覚える。
 少し離れたところでは青鳥シェリーが首を伸ばしたまま伏せており、久方ぶりの陽光を楽しんでいるようにも見えた。
 諸方面から届けられた贈り物を確認し、礼状を書き終えた佐保もまた、気持ちよさそうなグラスとリンデンに混じって日向ぼっこをしようと思ったのだが。
「グラスとリンデンを見てたらなんか急に思い出しちゃって。緑と金なんだなって」
 ミオはわからなそうにパチクリと瞬きしているが、これは仕方がない。
「僕のいたところでは、冬の時期になると大々的にする行事があって、それのイメージカラー……ええと、その行事に関連した色が赤とか緑とか白とか金色だったんです。そういうのを木に飾ったり、贈り物にしたり、飾り物の中で配色に取り入れたりですね。国や地方によって変わると思うから、絶対ってものじゃないんですけど。それで」
 佐保は日本でのクリスマス風景を語って聞かせた。佐保の住む町ではそこまで派手ではなかったが、都会は一斉に色をクリスマスカラーに変え、その時期は大いににぎわうこと。日頃は食べない料理に、誕生日以外でケーキを食べる唯一の日になる人も多かったことなど、とりとめもなく尋ねられるままに喋りながら、視線をふと外に向ける。
 外は冬で白い雪。窓辺には金色と緑色。それから、「これ」と佐保は贈り物を包んでいて、今は佐保によって長靴に結びつけられている赤い紐を摘み上げた。
「三色合わせて見ちゃったら、どうしても連想しちゃうんですよね」
 クリスマスカラー、と佐保は頭の中で呟いた。
 サンタクロースの赤、クリスマスツリーの緑、星のオーナメントや鈴は金色。他にもカラフルな飾りはあったが、佐保の中で印象が強いのはそのセットだった。
「それでちょっと飾ってみたくなって実行したら、思った以上に可愛らしく出来上がっちゃって」
 佐保はにっこりと笑った。
「なるほど。そうなのですね。佐保様の国の」
「元々は違った意味のはずです。僕もよくは知らないで、お祭りの気分だけ便乗していたようなものだから、全然詳しくないんだけど」
 もしかするとヨーロッパに長くいたことがある菓子職人のトーダ……戸田直人の方がその辺りは詳しいかもしれない。わざわざ確認しようとは思わないけれども。
 佐保は滑らかな手触りの仔獣の毛を指先で撫でた。
(起きたら赤いリボンを結んであげようかな。ちょっとだけおめかしするみたいに)
 そんなことを考えていた佐保は、同じようにミオが考え込んでいることにその時は気が付かなかった。

 気づいたのは翌日で、
「ミオさん、これ……」
 ふかふかの厚手の外套を着て、帽子に耳当てに手袋と完全防寒仕様で、登城するレグレシティスの見送りのため本宮の外に出た佐保は、目に飛び込んで来た景色に目を丸くした。
 雪かき済みのため転ぶことこそなかったが、ふらっと足を滑らせかけた佐保を支えるレグレシティスの顔にも苦笑が浮かんでいたことから、レグレシティス自身も知らなかったようだ。
「ご、ごめんなさい。ありがとう、レグレシティス様」
 礼を述べた佐保だが、すぐにまた庭の景色に見入ってしまう。
 寒い気候のせいか、落葉樹よりも針葉樹が多い皇国北部の礼に漏れず、奥宮の木も冬も濃い緑の葉をつけた針葉樹が多く植えられている。その、普段なら白い雪を被ってところどころに緑を出すだけの木が、今朝は一変していたのだから、驚くのも無理からぬというもの。
 白い雪をつけた木はいつの間にか装いを変えていた。幅広の黄色や赤の布がドレープを作って、襟巻きのように掛けられていた。一本ではなく、正面玄関を出て見える数本が皆同じようになっているのだ。中には星や鐘を垂らしたものもある。
「これって……」
 クリスマスツリー?
 目を丸くしたままの佐保の肩をレグレシティスが抱き寄せ、視線を横に向けるように促した。そこにいたのはミオで、とても晴れやかで満足げな表情で立っている。
「ミオさん……? まさか……」
 だが一人でこんなことが出来るはずもない。今朝もミオはいつものように佐保の支度を手伝ってくれたのだから。ちょっと指先が冷たく感じられたり、顔が上気しているなとは思ったが。
「実行者は別だな。佐保、向こうにいる」
 言われるまま少し背伸びして離れたところを見れば、気温零度以下の中、袖まくりして顔を赤くしている男たちが何人かいる。制服は着ていないが見慣れた顔が幾つもあるので、本宮周りの警護を担当している騎士や兵士なのはわかった。
 佐保に見られていることに気づいて笑顔になり、レグレシティスの顔を見て背筋を伸ばす彼らに、呆れたものやらなにやらで、だが温かいものが胸の内に沸いて来るのを感じて佐保は、両手で頬を抑えた。
「どうしようレグレシティス様、僕、嬉しくてたまらないです」
 ぽんぽんとレグレシティスの手が頭の上で跳ねる。
「ミオさん、ありがとう。あとで、皆さんに温かいものを」
「お任せください。既に用意済みです」
 有能な侍従は思い付きだけで行動する人ではなく、あとのことまできちんと考えてくれていた。

 夜にはいつもより少し豪華で、日頃は飲まないお酒も飲んだ。
 副団長に入れ知恵されたレグレシティスからは、佐保に何を贈り物にしたらよいか悩んでいると正直に打ち明けられ、「レグレシティス様がいるのが一番の贈り物です」と答えたが、後日、トーダの菓子店で日本風のクリスマスケーキが届けられた。

 佐保の中に、サークィン皇国でのクリスマスがもう一つの色になって焼き付いた。
 
at 2019-12-25-23:37 | SS 月神SS